昨日拍手と昨日のブログに拍手コメントありがとうございます。
健康第一(`・ω・´)
昨日の関テレ特別ドラマ、震災の。
ちょっと観てみよとしたけど、無理ってなった。
かなりソフトになっていたけど、生活圏というか、実家から徒歩10分ほどのとこがメイン舞台で、再現部分で、どこだかわかりまくる上に、当時の映像が差し込まれて、バイクでそこから大阪に出た登場人物が、まったく変わっていない大阪の様子に、「バイクで1時間。どっちが夢なのか」、て言った瞬間、色んな記憶がバァーってきて、ダメだーって、なった。
数年後、パン屋のおばさんが、当時、歩いて大阪に向かったら、変わらずに、みんなキレイな格好で歩いていて、着の身着のまま、瓦礫のホコリにまみれて、化粧もせずにいる自分が恥ずかしくなった、て、言っていたの。
それに近い、いたたまれない体験を、当時通っていた学校で味わい続けた(ほとんどの生徒が大阪よりとか、被害の少ない地域で、クラスでは、被害にあったのは、私のみだった。教師ですら、1人を除いて、本人は無自覚だけど、被災者からすれば残酷な発言や態度をされまくった。だからといって、その人たちが悪いわけじゃない。誰も悪くない。ただ、未曾有の天災に、みんな興奮して、わずかに経験した他人事として、イベントみたいにはしゃいでいただけ。)ことが、バーっと蘇ってきて、芋づる式に他のも次々に出てきて、ぅあー、て、なった。
けど、明日の昼を過ぎたくらいから、落ち着くだろうから、その後なら、ワンチャンあるかも、て、録画してみた。
父方の祖父がね、母方の祖父より、うんと年上で、戦争を経験していて、火垂るの墓の空襲のシーンを観ながら、当時はここにいて、小学校に遺体を運ぶのもした、て、普段は無口なのに、ポツポツと語ったのが、記憶に残ってるの。
火垂るの墓の内容は、よく覚えていないんだけど。
あれ、作者の体験談で、祖父も父も私も弟も、作者が通った小学校を卒業しているんよね。
それから、何がきっかけなのか、祖父はたまに、戦争時の思い出を、ふいに私に、断片的に語ってくれることがあって。
ほんと、ひとり言っぽいけど、私を意識はしている、て言い方で。
音にすることで意識をして、折り合いをつけられる、て、ことがあるから、それだったのかな、て、今では思うのだけど。
だから、祖父にとっての火垂るの墓が、私にとっては昨日の関テレ特別ドラマになるかもしれないなぁって。
どうかなぁ。
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